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鶴秀工務店のあゆみ

鶴秀工務店のあゆみ 鶴秀工務店のあゆみ

創業50年地域に根ざした家づくり

代表取締役 鶴谷 勉

「両親に畳のある家を建ててあげたい」

思い出の写真を見ながら語る代表

思い出の写真を見ながら語る代表

大工から始まった鶴秀工務店はお陰さまで創業から50年です。そもそも、私が大工を志した理由は「両親に畳のある家を建ててあげたい」という思いからでした。
 
 私の生まれは色麻町です。小野田の武家の家に長女として育った母は、家柄を気にする父親に反抗し、父と駆け落ち同然で家を飛び出し結婚をしました。当時の暮らしは大変厳しくて、住んでいた家の土台はなく、屋根は杉、風呂はドラム缶、布団は南京袋に藁を詰めたもの…といった具合です。母は気丈夫でプライドもあったため実家には決して戻らずに頼らないと決めていたようでした。
 
 炭焼きの仕事をしている両親は、山に入ると何日も戻らないこともあり、子供たちだけで生活すること多かった為、周囲から理不尽な疑いをかけられたり、悔しい思いをすることもありました。そんな中でも両親からは「正直に生きる」ということを教えられ、身についたと思っています。そして、その環境が両親や家族との絆を強くしたと思っています。

自宅の前で

自宅の前で

母

昭和39年福原建築へ弟子入り

昭和39年福原建築へ弟子入り

 そのような暮らしでしたので、私は小学校4年生くらいから「家」に対する思い、特に「畳」のある家に強く憧れ「将来は大工さんになって家を建てたい」という夢を持つようになりました。同時に「家族の幸せを第一に考える」という思いも芽生えました。
 
 叔父が大工をしていたので、私も自ら大工になることを決め、両親にもその思いを告げました。中学卒業してすぐに、福原建築へ弟子入りしました。
 
 大変厳しい師匠で苦しい思いもしましたが、師匠に追いつきたい一心で修行をし21歳で独立しました。現在の社名、鶴秀工務店の「秀」の字は師匠の福原秀悟氏より一字頂戴したものです。
 
 また、修行時代には並行して約2年間(月4回)加美共同職業訓練所で勉強しました。大工としては十分なお休みもなかったので、学校に通うのが楽しみでした。修行後も、宅建取得や建築関係など、必要と思ったものを勉強し研鑽を積んできました。

福原建築での一コマ

福原建築での一コマ

共同職業訓練所

共同職業訓練所

大工時代

大工時代

鶴谷工務店としてスタート

鶴谷工務店としてスタート

念願が叶った自宅建設

念願が叶った自宅建設

新築の自宅にて喜ぶ両親

新築の自宅にて喜ぶ両親

職人から企業としての転換期

 時代の流れもあり、これからは不動産業も視野に入れた展開をしたいと考え、1991年(平成3年)に現在の地に事務所を移転しました。
 
 この頃から経営関係のセミナーにも参加するようになり、経営に関する知識不足を痛感しました。経営とは「ただ売上を伸ばせば良いだけではない」と思い知らされました。すぐ講師の先生に指導をお願いし月2回の勉強会を始めました。この勉強会は、これまで職人として仕事をしてきた私たちが、礼や名刺交換、電話応対などの初歩的なビジネスマナーを学ぶ場として100回以上も続きました。
 
 また、平成6年からは中小企業家同友会にも参加し、経営指針についても学び始めました。私はこのセミナーで経営指針である「 私たちの夢ビジョン」を創りました。経営指針を創り始めたところ、これは私一人で創るのではなく「みんなで協議しなければ本物にはならいない」と思いたち、社員それぞれがアイディアを出し、七つの分野を設定して徹底した分析を行いました。

私たちの夢ビジョン

私たちは、地域の発展に貢献することにより、地域から愛されなくてはならない会社となることを目指しています。 何にでも安心して相談でき、頼られる工務店でありたいと願っています。
また、会社に関わっている人々が皆、物心共に豊かで充実した生活が営まれるように努力します。
そのための心構えとして、お客様に対しては誠心誠意真心をもって接すること。一人一人が笑顔で接し、お客様のニーズに素早く対応することを心がけることが大切です。
社内では、お互いの立場を理解し、お互いを受け入れられるような行動と信頼関係に結ばれた、明るく働きがいのある職場をつくります。

社員が導き出した7つの分野

1. 創業の精神は何か
 
2. 地域社会に対する責任とは何か
 
3. 真のお客様は誰か
 
4. 主力商品が持っている価値観は何か
 
5. 提供の仕方の原点は
 
6. 品質・技術の原点は
 
7. 人づくりの原点は何か

 社員が導き出した7つの分野を一つにまとめたものが、弊社の経営理念 ビジョン21「ブライト・ウィング・ステーション」です。
 
 ある時、この経営理念を創った経験をセミナーでお話することになりました。その講演に登壇したことが、「 FPの家」を知るきっかけになりました。

1991年事務所開き

1991年事務所開き

5周年記念式典

5周年記念式典

朝礼時の倫理本輪読

朝礼時の倫理本輪読

健康に配慮した住宅づくり

 「FPの家」とは断熱に配慮をしている家で、それまで軽視されがちだった家の気密性に着目していました。住宅の気密性を高め、換気をする、環境をつくることによって、カビ・ダニ、アレルギー、ぜんそくなどから守ることができる…。FP工法と出会い、私は再び勉強しました。気密性の高い家には、オール電化が切っても切れない関係にあり、同時期に導入することになりました。
 
 東日本大震災もあり、現在は太陽光発電とあわせて設置する家も多いですが、当初オール電化は普及とは程遠い状況でありました。しかし、健康へ配慮した住宅となると「空気を汚さないこと」というのはとても魅力でした。 この当時の私の名刺には「水と空気にこだわる」と入っています。今から思うと住宅・建築業者の名刺としては変わったものでした。でもこれが、鶴秀工務店の基盤ともなる考えであります。
 
 このFPの家を契機に、2005年(平成17年)には、建材に配慮した「 免疫住宅」、2011年(平成26年)には空気のきれいな「炭の家」を取り入れています。
 
 これからも家族の健康に配慮し、そのことが幸せにつながるような住宅づくりをご提案していきたいと考えています。また、地域に根ざした工務店として20年近く続くOB会「ゆうゆう会」は今では家族や親戚のようなおつきあいをさせていただいています。この活動は、地域の福祉活動としての貢献から、2009年(平成21年)に大崎タイムス社様より「善意の章」を授与されました。
 
 私が、家族のため、両親のためにはじめた大工の夢は大きく広がり、ささやかながら地域社会の発展に繋がる活動となりました。今後も地域のみなさまに住宅を通して様々なステージを提供すること、それを継続していけることをが私たちの喜びでもあります。

経営方針書作成研修

経営方針書作成研修

FPの家

FPの家

創業40周年記念式典

創業40周年記念式典

鶴秀 勉.素人集団から共に育つ企業へ 同友 宮城(宮城県中小企業家同友会), 97年18号 105-111.
パネルディスカッション 徹底した社員参加のしくみで企業革新 同友 宮城(宮城県中小企業家同友会), 98年19号 68-75.